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天津について
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天津は津と略称され、中国四大直轄市の一つである。天津は中国北方最大の沿海開放都市と環渤海地域の経済中心であり、中国歴史文化の名城でもある。

歴史と沿革
大昔の天津はかつて退海の地だった。世界で最大の砂量を持つ黄河はかつて3回天津を通って海に入り、驚異なる造陸能力で天津平原に堆積し、天津の形成が始まった。今でも天津の上古林などに貝殻堤がいく本も残存し、考証によるとあれは古い海岸線の遺跡である。天津というの名は最初に中国明永楽の初年に現れ、天子の渡し場という意味である。明永楽2年(西暦1404年)軍事上の要所として、天津城を建て「衛」(軍営)を設け、「天津衛」とも呼ばれるようになった。1860 年、通商港として開港され、上海に次いで中国で二番目の商業都市?北方最大の金融?商業?貿易の中心地となった。中華人民共和国の成立後、中央直轄市と定められ、特に改革開放政策が実施された後、天津は1回目の対外開放沿海都市と確定された。

地理
天津は北緯38°34′から40°15′、東経116°43′から118°04′の間にあり、太平洋の西にある渤海に面した華北平原の東北部、海河流域の下流に位置する。北部には燕山が聳え立ち、東部は渤海に接している。市の中心は北京市の東南137 キロの所に位置する。天津は国際標準時区の東八区にある。

面積気候
南北189 ㎞、東西117 ㎞で、総面積は11,919.7 平方キロメートルである。そのうち市轄区面積7417.86平方キロメートル、市轄県面積4501.84平方キロメートル、陸地面積8772.30平方キロメートル、水域面積3147.40平方キロメートルである。周囲との境界線の長さは900 ㎞もあり、そのうち海岸線長さは152.8キロメートルで、陸界線700余キロメートルでである。天津は温帯半湿潤モンスーン型気候にあり、四季がはっきりしていて温度差が比較的大きく、景色が多様である。年間平均気温は12.3℃以上で、平均無霜期は200日前後、年間平均降水量は600ミリ前後で、年間約75%の降水は6,7,8の3ヶ月に集中している。日照時間は比較的長く、太陽の光線が強い。

天然資源
天津には豊富な天然資源がある。既に発見された金属鉱床はマンガン、金、タングステン、銅、石炭など30種類があり、殆どは採掘価値がある。天津の渤海、大港2大油田は国家の重点開発油ガス田であり、すでに発見された埋蔵量は石油40数億トン、天然ガス1300億立方メートルで、年間生産量は原油1200万トン近く、天然ガス9億立方メートルである。天津は153キロメートルの海岸線があって、海塩資源は尽きることがない。未精製塩の年間生産量は240万トンで、全国海塩総量1/10を占めている。天津の地熱は資源は豊富で、水温は30℃~90℃で、総面積は全市の1/4を占めている。また、200平方キロメートル近くの荒地があって、国内大都市の中でもまれにみるよい交通条件と安い開発費用である。

行政区画
天津は現在15の区、3つの県を管轄している。市轄区には和平区、河東区、河西区、南開区、河北区、紅橋区、塘沽区、漢沽区、大港区、東麗区、西青区、津南区、北辰区、武清区と宝チ区がある。市轄県には寧河県、静海県、薊県がある。

人口、民族
天津は51の少数民族があって、2004年末には天津常住する人口は1023.67万人である。

経済の概況
天津は中国の近代機械工業の揺りかごと紡績工業の発祥地である。新中国が創立して以来、天津は次々と10いくつの工業ゾーンと工業集中地域を作り上げ、重厚長大な工業基地になった。北京ブランドのテレビ、飛ハトブランドの自転車、カモメブランドの腕時計などでかつての栄光を懐かしんでいる。中国の改革開放が実行されて以来、この古い工業基地はまた新しい生命力に輝き始め、電子情報、自動車、冶金、化学工業、バイオ技術と現代医薬、新エネルギーと環境保全などの六大優位性産業が形成されてきている。1980年、天津は第1陣の対外開放都市として確定され、2004年までに天津で投資を行った国家と地域118に達し、世界トップ500企業の中の106社は天津で投資を行っている。また、天津港は中国最大の人工深水港と中国北方の第1大港で、中国最大のコンテナヤード群、最大のバルク食糧専用の埠頭及びコークス埠頭を保有している。天津港、天津経済技術開発区と天津港保税区を骨格とした天津浜海新区には、米国モトローラ、日本トヨダ、デンマークノボノルディスク、韓国三星など多数の有名なグローバル企業が投資を行い、天津対外開放のシンボル地域と最大な経済成長点になっている。1994年から2003年の10年間、天津の国内総生産の平均成長スピードは12.5%に達し、中国で発展スピードの速い地域に入っている。

科学技術教育
天津は近代中国最初の大学の誕生地である。1895年、清の官吏である盛宣懐は、近代中国最初の大学、天津大学の前身である「天津北洋西学堂」を創設した。天津大学と肩を並べる有名な南開大学はと中国初代総理周恩来の母校である。天津には大学?専門学校37校あって、在籍学生は20万人近くいる。天津は中国最初に9年制義務教育の普及を遂げた地域の1つで、労働者素質は高い。天津には科学技術研究?開発機構が1000近く、各種専門の技術者が60数万人以上、中国及び国内に名を馳せる専門家、学者がたくさんいる。科学技術の総合実力は中国の上位に名を連ねる

文化芸術
天津は中国の文化歴史名城で、「芝居の揺りかご」、「曲芸の故郷」と美称される中国の北方文化芸術の発祥地の1つである。天津のプロ芸術出演団体には京劇、評劇、河北バンズ、曲芸、新劇、歌舞、交響楽などの多種の芸術部類を含んでいる。天津の各博物館、記念館には文化財秘蔵品6万件近く収蔵され、その中国宝というべき芸術貴重品もかなりある。天津の民間芸術は豊富多彩で、素敵な「揚柳青年画」、生き生きとした「泥人張」のカラー彫刻、本物そっくりな「魏記のたこ」、巧みな「れんがの劉」は天津の民間工芸の精髄と称されている。天津はまた文化が繁栄しつつある近代化文化都市であり、高さ415.2メートルの天津がテレビタワー、国際一流の体育館、中国最大規模の近代化図書ショッピングセンターなどは、天津の文化発展を示している。

名所旧跡
天津には歴史遺跡が多く、37ヵ所の国家クラスと市クラスの重点文化財がある。そのうち、隋の時代にできた大きな木造のお寺──独楽寺には1000年余りの歴史がある。薊県の黄崖関長城は全長が41キロで、高くて険しく雄大である。雄大な地勢の山で、山々が重なり合う薊県盤山は、「北京東部第1の山」と称されている。そのほか、天后宮、文廟、大悲院、広東会館、大沽口砲台などがある。天津の建築物は古い建築物と現代建築物、中国風と洋風がそれぞれ異なった建築物が共存するという特色を持っており、「万国建築博物館」とも呼ばれている。その中の多くの有名人や政治屋はここに住んでおり、たくさんの重大な歴史事件はここで発生している。中国近代百年史は、天津の歴史遺跡からほとんど解読できる。

対外関係
天津の対外交流分野は、経済、貿易、文化、科学技術、教育、スポーツ、衛生などの各方面にわたっている。すでに19ヶ国23都市(地域、州)と友好都市関係を結んでおり、160数カ国?地域と貿易関係を構築している。

市の花、市の木
天津市の、市の花は平和と友好の象徴であるコウシンバラである。市の木はトネリコで、モクセイ科ホワイトアッシに属し、天津の自然環境と気候に適した耐アルカリ性と耐寒性を持つ。

発展目標
天津の新世紀最初10年の努力目標は「3段階の発展戦略」、主要処置は「五大戦略施策」とまとめられる。

3段階の発展戦略
第一段階、2003年までに「小康社会」を実現するため、一人当たりGDP を3,000 米ドルにする経済目標を達成すること。
第二段階、予定より3 年か4 年早く、GDP、都市住民一人当たりの収入、農民一人当たりの平均収入を2000年の2倍にして、経済力の向上にあわせて市民の収入も向上させる。

第三段階、2010 年までに、一人当たりGDP を6,000 米ドルにするとともに、「小康社会」を実現するため、天津を現代的な港湾を有する国際的大都市にし、また中国北部の重要な経済の中心として、完全な社会主義市場経済体制を打ち建て、天津を全国に先駆けて現代化を実現した地区にする。

5大戦略施策
1、海河経済を強力に発展させる。
2、海洋経済を強力に発展させる。
3、優越産業を強力に発展させる。
4、区県経済。
5、中小企業と個人私営経済を強力に発展させる。天津は津と略称され、中国四大直轄市の一つである。天津は中国北方最大の沿海開放都市と環渤海地域の経済中心であり、中国歴史文化の名城でもある。
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